2012.12.01

「夢ふくらむノーベル賞」 兵庫県民間病院協会会報2012年12月号

 

日本人、それも関西人の快挙iPS細胞が大きな夢を載せて動き出しました。

ノーベル賞は人類に多大な貢献をした発見に贈られていましたが、今回はプロスペクティヴにこれからの多大な貢献を予測して臨床応用の背中を押すためにすばらしい研究者に贈られました。

  今回はわかりやすいノーベル賞。誰の目にもみえる、これからの医療への期待。これは医療の進歩というだけでなく、少年たちに医学生理学への興味をもたらしたという将来の研究者の底上げにも大きな貢献をするであろうといわれています。

  医学生理学賞は抗体産生の遺伝的メカニズムを解明された利根川進氏についで二人目。日本人の快挙の歴史をみなさん覚えていますか?(文学、平和賞を除く)湯川秀樹の中間子理論、朝永振一郎(量子力学)、江崎玲於奈(半導体におけるトンネル理論)、福井謙一(フロンティア軌道論)、白川英樹(電気をとおすプラスティック)、野依良治(キラル触媒による不斉反応)、小柴昌俊(宇宙ニュートリノ)、田中耕一氏はタンパク質分析の研究内容に加えてサラリーマン受賞という違う話題が飛び交ってからすでに10年も経っています。しかし医療者、医学者以外にも一般の人々にさえ直接夢をみせてくれる研究は今回の受賞をおいて他にはありません。

  2年前のお正月にに西宮市医師会雑誌の年頭所感に、私はこんな文章を寄せていました。

  「ううっ胸が痛い・・息ができない」と目覚めたら夢だった。「どこも痛くないのに声がでない、手足が動かない」こんな縁起の悪い初夢でも、これからは夢ではない治療法の確立。iPS細胞の作成はあまりにも有名な日本人の快挙です。

 心筋梗塞で傷んだ心筋が修復。脳梗塞でも再生が可能?。神経難病、認知症でさえ、再生医療が直してくれるかもしれない、夢がかなえられるかもしれない時代となってきました。たくさんの疾病が克服される可能性が見えてきました。

  しかし、再生医療が修復できるのは欠損したところだけでしょう。お腹に内蔵に溜まりすぎた脂肪はどうしましょう。肺に沈着したタールはとれるのでしょうか?意欲をなくした精神は?そこにはやはり個人の努力が必要です。ウイルスは?細菌は?再生医療は万全のように思えますがまだまだそれだけでは解決できません。

  そんな先端医療を受けられる人も限られるであろう、医療制度、保険制度も再生されなければなりません。それでこそ医療再生。今年はその元年となるでしょうか。

(談話室平成22年1月号より)

  それから2年。全社会的に注目を浴びて臨床研究が前進し2年前の初夢が正夢になる日も近いことでしょう。そしてもっと将来には外科がなくなるかもしれない。大学時代に大外科教授(岡本英三先生です)が講義で「外科医の夢は手術を無くす事」といわれて驚いたものでした。できるだけ侵襲を少なく、取らないで治すことを目指すのだそうです。最終的に残る手術は先天奇形だけ、と、さすがに小児外科医のお言葉と思いました。iPSが臨床応用されたら、先天奇形も手術無し。救急医療も外傷、脳梗塞や心筋梗塞もその時、死にさえしなければ一週間待っても欠損した部分を再生できるようになる〜なんてまだまだ夢は膨らみます。

  こんな夢のある新技術こそ、激しい競争で早まって違った方向へ行かないように正しい倫理のなかで育てていってほしいものです。iPSの新技術をもってしても医師がもつべき心、倫理、意欲、自信を再生させるのは個人の努力でしかありません。2年前と少しも変わりません。携帯電話によって下手になった対面コミュニケーション技術。レントゲン、CT、MRIなど画像診断の進歩によって退化した打聴診、触診の技術。電子カルテによって遮断された患者さんへの温かい視線。そんな事をしている間に、私たちの高度専門的技術が接骨士、マッサージ士、はたまた占い師なんかに蝕まれていくかもしれません。

 技術が進歩すればするほど、夢が膨らめば膨らむほど、医師としての基本姿勢を思い返し繊細な医療人としての感覚を磨く事を忘れてはならないのだと思います。

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